1950、60、70、80年代のキヤノン製カメラ

Canon FT.

前回に引き続き、またぞろ古いキヤノン製カメラのお話し。各年代の各マウントを追っていくことでカメラの歴史を知る事と併せて、現在にも通じる写真機の基本構造を知る手掛かりにもなり、なかなか興味深いです。

 

ご存知のように1940年代のキヤノンは、ライカ互換のスクリューマウントを採用しています。当時、カメラと言えばいわゆるバルナック型ライカの時代。キヤノン創業者の吉田五郎氏はライカII型を分解して構造を研究したと言います。

そんなライカの模倣を脱し、キヤノンがオリジナルなカメラ作りを始めたのが1950年代の「Rマウント」からと言えます。そんなRマウント以降、キヤノンのマニュアルレンズ変遷を見つつ、カメラの歴史を振り返ってみました。

 

Rマウント(1959〜1963年)


この時代は一眼レフカメラの幕開け期にあたります。Rマウントは、そんな一眼レフ時代の新しいマウントとしてスタートします。1959年、キヤノンは初の一眼レフカメラ「キヤノンフレックス」を発売します。

 

FLマウント(1964〜1974年)


Rマウントが一眼レフカメラ幕開け時代なのに対し、続くFLマウントは「TTL測光の時代」と言えます。キヤノンではFLマウントを採用した第2世代と言える一眼レフカメラ「Canon FX」(1964年)を発売。絞り込みTTL測光を装備することで、装着するレンズの画角に応じた測光が可能となる大きな進歩を果たします。

 

FDマウント(1970〜1979年)


続くFDマウントは「TTL開放測光」の時代となります。FDレンズには開放F値をカメラボディ側に伝えるピンが付けられ、これにより「TTL開放測光」が可能となります。

FDマウントと共に「Canon F-1」「Canon FTb」というFDマウントを採用した名機も登場。FTbに至っては、実に発売から3年で100万台を超える大ヒットに。

また、FDマウント開始時点では未だ製品化されていなかった「AE(自動露出)」機能も考慮された設計となっており、1973年にはキヤノン初のAE搭載カメラ「Canon EF」が発売されています。

更に、1976年には世界初のCPU搭載AEカメラで「Canon AE-1」を発売。露出制御の高度化実現と、来るべき自動化/電子化の時代を先取りした名機として12年もの長きに渡り生産されました。

 

NewFDマウント(1979〜1989年)


FDマウントの改良型であるNewFDマウントは、FDレンズとの互換性はそのままにレンズのコンパクト化やレンズ着脱方式の見直しによるロック機構を搭載したワンタッチ着脱など、現在のレンズ交換式カメラにも通じる意欲的な改良が施されていました。

こうした正統派の改良により、FD〜NewFDは20年弱もの長きに渡り採用されます。

 

NewFDマウントの次は、現在も用いられているオートフォーカス搭載「EFマウント」(1987年〜)が遂に登場。いわゆる「EOSシリーズ」の誕生となります。

こうして現在に至る変遷をあらためて見ていくと、マウントの変更はカメラ技術の大きな転換点にあることが分かりますね。

 

次回は20年弱もの期間を支えたFDマウント〜NewFDマウントについて、もう少し深掘りしてみます。〔了〕

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