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音楽室のスピーカー

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授業参観で訪れた娘の小学校。音楽室のスピーカーに「 BOSE 301AVM 」が装着されていて驚いた事を覚えています。 音楽室のスピーカーといえばモニタースピーカー系のナチュラルでフラットなものが好まれる傾向があった為、BOSE 301AVMのように、暖色系で低音も豊富な厚みのある音色を奏でるスピーカーがチョイスされた事に違和感があったのです。   BOSEのスピーカー本体は樹脂製で、ケーブル端子等も素っ気ない粗雑なもの。まるで「筐体(エンクロージャー)に美しい木目を使ったり、端子が金メッキだったりは音色の良さに1mmも関係ないよ」と言わんばかりの。 また、その音色も原音忠実というよりは「こういう音色のほうが心地よく耳に響くでしょ?」と大胆に味付けされています。    そうした事もあり、原音忠実再生主義のピュアオーディオ信者からは嫌われるBOSEですが、私はその合理主義の塊りな正に”アメリカン気質”が大好きだったりします。 ・・・とは言え、音楽の授業で使われるのがBOSE、それも高域のツィーターが前向きと後ろ向きに装着された大胆すぎるアクロバティックな301AVMなのですから、このチョイスは少々「やり過ぎ」感は否めません(個人的には好きですが)。    「音楽室の定番スピーカー」がナニか?は世代によって多少変わるようですが、団塊ジュニア世代な私としては、やはりヤマハ製「 NS-1000M 」です。 私は小学校・中学校・高校といずれも(転校した先でも)音楽室のスピーカーといえば NS-1000M でした。1974年から1990年代後半まで製造されたロングセラーの名機で、いわゆる原音再生を主とした「モニタースピーカー」に類します。   専ら授業では1mmも興味のないクラシック音楽などを聴かされた訳ですが、私は子供ごころに「すごい大音量で綺麗に鳴るスピーカーだな」と思ったものでした。 中学の時は音楽教師が放課後に趣味のレコードをガンガン大音量で鳴らして聴かせてくれた(当時はスネークマンショー等、なかなか際どいネタのものを教室が「どうだ、これ面白いだろ」と集まった男子皆でニヤニヤと聴いた)ものです。昭和とは大らかな時代でした。   とまれ、40人クラスの教室で後席でもしっかり輪郭の掴める解像感の高い音色にエラく感激した私は、それ以来ヤマハのスピーカー

スピーカーを”漂白”

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愛用のヤマハ製NS-10MMT、書斎の卓上スピーカーとして重宝しています。 これまでも ウーハー部分のフルレンジ化をしてみたり 、エンクロージャー(スピーカー筐体)内に吸音材を入れてみたり、と遊んできましたが、経年劣化によりスピーカーコーンの黄ばみが目立ち始めました。 そこで、スピーカーコーン紙を"漂白"して眩い白さを取り戻すことにしました。私は非喫煙者で、スピーカー設置場所も日陰なのですが、それでも経年劣化でコーン紙の黄ばみ変色は避けられません。   ・・・と、本来であればBefore/Afterで黄ばみがどれだけ取れたかを紹介するのがセオリーですが、Beforeを撮り忘れてしまったので、作業後のAfter画像のみとなっている点、ご容赦ください。 どうです、冒頭の写真。純白のスピーカーコーンが眩いではありませんか!   さて、コーン紙の黄ばみリペアには大きく2つの方法があります。1つが「着色」(塗装)によるもの、そしてもう1つが「漂白」によるものです。 前者の「着色」は、色ムラが出たり、中央のセンタードーム(キャップ)部分の樹脂接着剤(黒色部分)に掛からないよう塗装するのが難しい等ありそうなので諦め、後者の「漂白」を選ぶことにしました。   ネット上には先人たちの様々なノウハウが掲載されていますが、概ね定番セオリーとしては以下の3点に集約されます。 ・ キッチンハイター 等の塩素系漂白剤を使う ・漂白剤は3倍希釈(=原液1に対し、水2を加える)する ・ハケで塗るとムラができるので”霧吹き”で何度も時間を置いて重ねて吹きかける   私の場合、もっと手っ取り早く作業したかったので・・・ ・ キッチンハイター 等の塩素系漂白剤を使う ・2倍希釈(原液1に対し、水1を加える)の濃さ ・ハケでガッツリ塗ってドライヤーで強制乾燥。乾いたら上塗りの繰り返し の方法で行いましたが・・・特段、問題は無いように思えます。 コーン紙が乾いたら二度目、三度目、、、と塗っていく事で手早く終えることができました。また、スピーカーユニットを取り外すのも面倒なので、エンクロージャーに装着したままハケで塗り塗りしていたのは、我ながら丁寧な仕事とは言えませんね(苦笑)。   注意点としては、塩素系漂白剤は非常に強力な漂白力がある点です。ハケで塗るときにほんの一滴でも液が服に

これが書店の生きる道 〜 リニューアルした「ヒシガタ文庫」

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札幌市東区にある ヒシガタ文庫 に出来たカフェ「 喫茶ひしがた 」に行ってきました。 元々、このカフェは「ダイヤ書房」という札幌で50年以上続く書店に源流を持ちます。確か80年代だったか90年代初頭だったか記憶が曖昧ですが、"郊外型”と呼ばれる店舗を札幌市内で最初に展開したのは同社だったハズ。 その後、2000年代頃にはTSUTAYAのFC店となって本屋+CD/DVDレンタルの業態が続きますが、その郊外店舗も徐々に閉店となり遂に2008年には本店のみとなります。 日本における電子書籍”元年”は2010年と言われていますが(因みにKindle日本上陸は2012年)、ちょうどその頃、私の住む地域でも書店が次々と姿を消していったものです。   本店のみとなったダイヤ書房は 2015年5月に「本屋の中に本屋をつくる」試みとして「ヒシガタ文庫」を立ち上げます 。 当時は本店の1階が書籍コーナー、2階がTSUTAYAのレンタルコーナーだったのですが、書籍コーナーの1/4程を大胆に改装し、選別された本や雑貨などを扱うセレクトショップ的な機能を持たせた「 ヒシガタ文庫 」として全く雰囲気の違うコーナーを儲けます。   当時、いわゆる「セレクト書店」と呼ばれるオーナーがセンスで選んだ書籍が特徴の店舗であったり、ラウンジのような落ち着いた空間とオシャレな雑貨などを豊富に扱う (台湾「誠品生活」を真似た)「蔦屋書店」系の台頭 など、書店の新しい方向性が注目を集めていた時期でした。   「 ヒシガタ文庫 」は、そのどちらでも無く、良い意味でもう少し”こじんまり”とした”オシャレなコーナー”という雰囲気でした。 そんなヒシガタ文庫誕生から7年を経て、 今回のリニューアル(2022年9月オープン) では書籍コーナーをさらに削って全28席の開放的なカフェコーナー「喫茶ひしがた」に改装しています。   「 喫茶ひしがた 」ではコーヒーやハーブティー等ドリンクの他、ホットドックやバタートースト、クロックムッシュ等の軽食の他、クラフトビール等も提供されるというのですから面白い試みですね。 この日、私たちがいただいたのはゴルゴンゾーラのクロックムッシュ。独特の風味がとても美味しく、各メニューも本格的なカフェ仕様となっていました。近所にあっ

雨の夕方に、ルドヴィコ・エイナウディ。

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シルバーウィーク前半の三連休にも関わらず、台風が接近しつつあり昨夜から悪天候の札幌市内。こんな日にうってつけ、”雨の傘マーク”が目印の カフェ「Rain」(札幌市清田区美しが丘3条4丁目) に行きました。   ふと店内に流れたBGMが、ルドヴィコ・エイナウディ作曲の「 Nuvole Bianche 」(白い雲)。ルドヴィコ・エイナウディ氏は、イタリア出身のポストクラシカルにカテゴライズされる作曲家です。 ポストクラシカルとは、いわゆるクラシック音楽と呼ばれる西洋の伝統的音楽から流れを汲む近現代音楽が持つ複雑性や技巧性そして前衛性とは対極的に、「聴きやすさ」「親しみやすさ」が特徴の音楽といえます。   そんなポストクラシカルの作曲家ルドヴィコ・エイナウディ氏の中でも「 Nuvole Bianche 」は、美しい旋律の名曲として有名(アルバム「 Una Mattina 」に収録されています)。 まさに、悪天候で客足も少ない夕方のカフェで聴くには最適な曲でした。〔了〕   ※因みに、2014年からのウクライナ内戦(親露派によるトンバス地方東部2州における武装蜂起)にて、戦闘に参加したウクライナ軍の兵士が演奏した曲としてネット上で話題になったのも、この「 Nuvole Bianche 」だったりします。 彼はこの内戦で妻と幼い子供を亡くし、失意の中で戦闘に参加したのだとか。戦争って悲しいですね。   PelicanLovers.com 米国PELICAN社のペリカンケースなどハードケース愛好家のためのサイト。ペリカンケースを始めとしたハードケース類や、カメラ関係など趣味系全般サイトです。  

斉藤由貴の長女、水嶋凛が歌う「予感」

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元アイドルであり女優であり歌手でもある斉藤由貴の長女は「 水嶋凛 」名義で女優としての活動をはじめたのが話題となっていました。 母親によく似ていると評判 ですが、斉藤由貴ファン歴35年以上の私からすると、確かに顔のパーツ的にはよく似ているものの、全体的な雰囲気が(時代もあってか)異なるので、それほどイメージが重ならないのが正直なところです。   さて、そんな水嶋凛は、かつて母親が人気絶頂期の1986年にカルピスのCMソングとして歌った 「予感」という曲で歌手デビュー しました。 私は「歌手」としての斉藤由貴のファン(映画やドラマは殆ど見たこと無いの)で、そういう意味でも水嶋凛の歌手デビューには期待大です。 なにかと母親と比べられる状況かと思いますが、歌い方や雰囲気は全く違っていて、良い意味で無理のない穏やかな歌い方で、とても良い曲。 プロデューサーは母親のときと同じく、 武部聡志 氏が担っているので、透明感や清涼感のある曲に仕上がっているのが良いですね。水嶋凛さんのこれからの活躍に期待です。    さてさて、ここから斉藤由貴にまつわる話を少々。(ここからが長い) 曲としては「卒業」や「悲しみよこんにちは」等が有名で、この「予感」という曲は正直かなりマイナーな曲です。 先述のようにCM曲でありながらシングルカットされることなく、アルバム「チャイム」にのみ収録されている楽曲で、余程熱心なファンでも無い限りピンと来ない曲でしょう。そのアルバム「チャイム」も、メインとなる曲は大ヒットした「悲しみよこんにちは」で、「予感」はお世辞にも目立たず埋もれています。   少しややこしい話をすると、アルバム「 チャイム 」(1986年)にはLPレコード盤と CD盤 があり、この2つで収録楽曲が異なります。純粋に「チャイム」というアルバムはLPレコード盤で、CD盤はどちらかというとLP盤に、 シングル「青空のかけら」 のA面曲・B面曲組み合わせた編成となっています。 そうした意味で、本来的なアルバムは(そして当時の主流は)LPレコード盤でしたので、CD盤は(LP盤より2曲追加されているにも関わらず)何方かと言えば「邪道」扱いをされていました。実際、その CD盤も2009年に高音質HQCDで再販される 際にはLPレコード盤の楽曲編成に組み直してリリースされた程でした。

そういえば思い出した、onちゃんにまつわる話し

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私の地元、札幌にあるローカルTV局HTB(北海道テレビ放送)のマスコットに「onちゃん」なる黄色いキャラクターがいます。 元々は1997年に開局30周年を記念して1年のみの登場だった筈が、後にカルト的人気を誇る深夜番組「水曜どうでしょう」に登場した事で人気に火がつき、現在に至るまで同局のマスコットキャラクターとして活躍しています。   そんな「onちゃん」ですが、onちゃんのCG制作をしている現場を訪れたことがありました。 今から20年以上前、確か1998年と記憶していますが、某ITベンダーに勤める私が、 札幌市内のはずれ にある研究開発施設に行った際のことです。 部屋の入口に「電脳」と書かれた社内でも謎の多い部署だったのですが、いわゆるCG制作やデザイン関係を担っている部隊。そこで話をしている時に目にしたのが、件の「onちゃん」だった訳です。 その頃、テレビで見るonちゃんはセル画で描かれた簡易的なアニメ絵だったのですが、私が目にしたのはCGで描かれたonちゃん。当時はまだCGアニメはそれほど一般的では無かったので、CG化されたonちゃんに不思議な感覚を持ちました。 さらに別のディスプレイに目を向けると、そこにはonちゃんに似た他のキャラもいます。これ何ですか?と聞くと「まだナイショだけど、新キャラとしてonちゃんの仲間たちが出るらしいよ」との事。後に「okちゃん」「noちゃん」として登場するキャラ達でした。   当時は、onちゃん(そして「水曜どうでしょう」)が、ここまで人気になると思っていなかったので「ふーん」な印象だったのですけれどもね(笑)。 尚、onちゃん人気の拡大に伴い、程なくCG制作は別の本格的な制作会社に移ったようですが。   そんな「そういえば昔・・・」と思い出した、onちゃんのお話しでした。〔了〕 ※余談ですが「水曜どうでしょう」はリアルタイムで初回放送から観ていました。当時は「モザイクな夜」という週4で放送されていたHTBのローカル深夜番組があり、かの大泉洋はススキノを紹介する「元気くん」(たしか2代目)で出ていました。 「モザイクな夜」が終わって始まったのが「水曜どうでしょう」で、当時は札幌市内の粗大ゴミを集めて家を作るとか、そんな番組だったのですが、まさかここまで大成されるとは当時は想像でき